今回読んだのは、「羊と鋼の森」(宮下奈都著)。2016年の本屋大賞1位に輝いた作品です。
優しさを湛えた文章で、安心してどんどん読み進められる。
ピアノの音色から風景が広がる様子や、ピアノのたたずまいから持ち主の性格(生活)が読み取れるところなど、丁寧な描写に、「ふむふむ、なるほど」と感心する。主人公の性格が、細やかでありながら良い塩梅で鈍感なので、たとえちょっとした停滞やつまずきがあっても、すべてが少しずつ良い方向に回っていくことが感じられる。
登場人物がみんな(多かれ少なかれ)優しさを持ち合わせていて、なんとなく温かい気持ちになれる作品でした。なんとなく未来に希望が持てるような、そんな感じ。そう、「なんとなく」ね。
そして、もうそうとうの年数を生きてきた私は、「そうねぇ、若い頃は未来に希望を持っていたときもあったわねぇ」と、すぐに冷静な気持ちに戻ってしまいました。
ちなみに私も子供の頃、ピアノを習っていました。なぜ自分がピアノを習い始めたのかよく分からないまま、近所のおさななじみも通っていたので、みんなそういうものかなあと思いながら続けていました。といっても別にピアノが好きだったわけではないので、あまり練習せず、当然のことながらたいしてうまくならず。
小学校低学年で引っ越した先でもピアノ教室に通い始めましたが、前に通っていたピアノ教室と教え方がまったく異なり(正確には、前に通っていたピアノ教室の教え方が当時としては特殊だった)、最初のバイエルからやり直しになってしまい、ますます練習嫌いになり、ますます下手になっていき、中学校の途中でやめてしまいました。
今思うと、決して裕福ではない、はっきり言えば貧乏だった我が家でピアノを所有することは、親にとってはかなり負担だったでしょう。もっと頑張って練習してあげればよかった。
と反省する一方で、なぜピアノなんか習っていたんだろう?と疑問が湧き、あるとき両親に尋ねたところ、どうやら私が習いたいと言い出したのではなく、どうしても母が私に習わせたかったそうです。しかも、最初にピアノ教室に行ったときに、ピアノの先生に「お母さん、申し訳ないけど、この子はうまくならないかもしれません」とはっきり言われたそうです。なぜかというと、手が小さく、指が短いから。先生のご指摘どおり、成人した私の手は、思いっきり広げても1オクターブ届きません。
まあ、母としては、別にプロのピアニストになって欲しいわけではなく、「お嬢様」というイメージでピアノを弾けるようになってほしいという希望だったのでしょう。
そんなわけで、まったくピアノに思い入れなく、鍵盤を順番通りにたたくだけだった私は、今回この本を読んで、「そうか、ピアノを弾く人は、こんな風に心をこめて弾いているのね」と、まるでピアノとは無縁の人間のような感想を抱きました。
お母さん、希望通りのお嬢様に育たなくてごめんね。ドイツ製で臙脂色っぽい木目調の素敵なアップライトピアノだったよね。
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