« 2021年4月 | トップページ | 2021年6月 »

2021年5月30日 (日)

緑の鎮静剤

ようやく近所のヤマボウシが満開に。駒沢オリンピック公園のヤマボウシより、花が小ぶりで、薄い緑。
20210529_162825

さて、緊急事態宣言が延長になりました。6月20日までとのこと。毎度思うのですが、なぜ日付を目安にするのでしょう。「感染者○○人を下回ったら」「重傷者○○人を下回ったら」あるいは「病床使用率○○%を下回ったら」などにするべきでは?

日付で区切っても、その期限になってみて、やっぱり感染状況が悪ければ「また延長」ってことになって、国民のウンザリ度がますます高まるばかりなのに。

そんな「ウンザリ」を少しでも和らげようと、緑に囲まれた美味しい空気を吸いに行きました。

砧公園の緑!
20210530_061846

アメリカスズカケキの実
20210530_062148

イロハモミジかな?
20210530_062458

そして今日はくず饅頭に挑戦。工程はシンプルだけど、手際が難しい。
20210530_144543

あっという間に土・日は終了。出かけなくても休日が過ぎるのは早い。

今日の「ありがとう」は、N○Kのドラマ「今ここにある危機とぼくの好感度について」に。良かった!脚本、演出、役者、全部良かった!そして胸に刺さった。

「みなさん、もうお気づきでしょう。我々は組織として、腐敗しきっています。不都合な事実を隠蔽し、虚偽でその場を凌ぎ、それを黙認し合う。何より深刻なのは、そんなことを繰り返すうちに、我々はお互いを信じ合うことも、敬い合うこともできなくなっていることです。」

変わるための一歩を踏み出さなければ。

2021年5月17日 (月)

5月の雪

毎年見事な咲きっぷりの、駒沢オリンピック公園のヤマボウシ。毎年写真を撮りそびれてしまうのですが、今年は無事に写真に収めることができました。

白い花が満開
20210516_062923

まるで雪が積もっているよう
20210516_062958

光と花が融合
20210516_063025

全体像はこんな感じ
20210516_063115

近所にも見事なヤマボウシがあるのですが、そちらはまだ蕾。これも毎年撮りそびれているけど、ことしは忘れずに撮影しよう。

今日の「ありがとう」は、感じの良い珈琲店の奥さんに。次回もあの店で買おう。

 

2021年5月15日 (土)

優しい人たちのピアノ

今回読んだのは、「羊と鋼の森」(宮下奈都著)。2016年の本屋大賞1位に輝いた作品です。

優しさを湛えた文章で、安心してどんどん読み進められる。

ピアノの音色から風景が広がる様子や、ピアノのたたずまいから持ち主の性格(生活)が読み取れるところなど、丁寧な描写に、「ふむふむ、なるほど」と感心する。主人公の性格が、細やかでありながら良い塩梅で鈍感なので、たとえちょっとした停滞やつまずきがあっても、すべてが少しずつ良い方向に回っていくことが感じられる。

登場人物がみんな(多かれ少なかれ)優しさを持ち合わせていて、なんとなく温かい気持ちになれる作品でした。なんとなく未来に希望が持てるような、そんな感じ。そう、「なんとなく」ね。

そして、もうそうとうの年数を生きてきた私は、「そうねぇ、若い頃は未来に希望を持っていたときもあったわねぇ」と、すぐに冷静な気持ちに戻ってしまいました。

ちなみに私も子供の頃、ピアノを習っていました。なぜ自分がピアノを習い始めたのかよく分からないまま、近所のおさななじみも通っていたので、みんなそういうものかなあと思いながら続けていました。といっても別にピアノが好きだったわけではないので、あまり練習せず、当然のことながらたいしてうまくならず。

小学校低学年で引っ越した先でもピアノ教室に通い始めましたが、前に通っていたピアノ教室と教え方がまったく異なり(正確には、前に通っていたピアノ教室の教え方が当時としては特殊だった)、最初のバイエルからやり直しになってしまい、ますます練習嫌いになり、ますます下手になっていき、中学校の途中でやめてしまいました。

今思うと、決して裕福ではない、はっきり言えば貧乏だった我が家でピアノを所有することは、親にとってはかなり負担だったでしょう。もっと頑張って練習してあげればよかった。

と反省する一方で、なぜピアノなんか習っていたんだろう?と疑問が湧き、あるとき両親に尋ねたところ、どうやら私が習いたいと言い出したのではなく、どうしても母が私に習わせたかったそうです。しかも、最初にピアノ教室に行ったときに、ピアノの先生に「お母さん、申し訳ないけど、この子はうまくならないかもしれません」とはっきり言われたそうです。なぜかというと、手が小さく、指が短いから。先生のご指摘どおり、成人した私の手は、思いっきり広げても1オクターブ届きません。

まあ、母としては、別にプロのピアニストになって欲しいわけではなく、「お嬢様」というイメージでピアノを弾けるようになってほしいという希望だったのでしょう。

そんなわけで、まったくピアノに思い入れなく、鍵盤を順番通りにたたくだけだった私は、今回この本を読んで、「そうか、ピアノを弾く人は、こんな風に心をこめて弾いているのね」と、まるでピアノとは無縁の人間のような感想を抱きました。

お母さん、希望通りのお嬢様に育たなくてごめんね。ドイツ製で臙脂色っぽい木目調の素敵なアップライトピアノだったよね。

2021年5月 9日 (日)

人生とか宗教とかバラとか

ここ数年、気に入っている番組の一つ、Eテレ「こころの時代〜宗教・人生〜」。

さまざまな人たち、主に激動の人生、あるいは苦難の人生を歩んできた人たちと、その人が信仰してきた、または信仰するに至った宗教との関わりが語られる。

といっても、宗教を「説く」といより、迷いや壁をどのように解釈して、乗り越えてきたかに焦点があてられる。その「解釈」の仕方が、信仰している宗教と強く関わっていたりする。

いくつかのエピソードを見ていると、「解釈」の仕方は宗教によって異なるけれど、迷いや壁を乗り越える、すなわち「問題を解決する」には、まず「問題を解釈する」という点は共通しているように思えてきた。

それにしても、信仰はこれほど人を強くするのか、と驚かされる。と同時に、“それ”は本当に強さなのか?と疑問に思うこともある。

日曜日の早朝(5時)からいろいろと考えさせられる番組です。

さて、人生について考えたあとは、砧公園のバラをチェック。

緑一色の公園
20210509_073433

こんなバラや
20210509_074121

あんなバラが満開です
20210509_073618

そして、特に気に入っているのは、「エメラルド・アイル」
20210509_074041

スゴイ!一輪の中に3つくらい花が詰まっている感じ。

今日の「ありがとう」は、世のすべてのお母さんたちに。今日は「母の日」でした。

2021年5月 4日 (火)

15年後のための一作

「われもまた天に」(古井由吉著)。前回読んだ「我らが少女A」の著者、髙村薫氏が、古井由吉の作品は出たら必ず読むと話していたので、選んでみました。残念ながら古井氏は昨年2月に亡くなられています。

ふつうは代表作「杳子や「槿」から手に取るのでしょうけど、まず最後の作品(エッセイ)を読みました。亡くなる前年から直前までに書かれたエッセイなので、入退院を繰り返している様子が語られています。

入院と入院の間の散歩や外出の様子、何度目かの入院に至る様子、何度目かの退院の時の様子、そして、身内の死や世間を騒がせたニュースに対する反応。決して悲愴感を漂わせるのでもなく、しかし淡々とした印象とも少し違う。静かに、少しずつ、エネルギーが薄まっていくような感じ。もし、私があと15年歳をとってから読んだら、ヒシヒシと胸に迫るものがあるのかもしれない。

タイトルの「われもまた天に」は、明の時代の医師・李挺のことば「吾のいまだ中気を受けて以って生まれざる前、すなわち心は天に在りて、五行の運行を為せり。吾のすでに中気を受けて生まるる後、すなわち天は吾の心に在りて、五事の主宰を為せり。」から。意味は、作品中に説明がありましたが、よく分かりませんでした(^^;

15年経ったら分かるかも知れない。

今日の「ありがとう」は、私が週末に悶々と悩んでいたことに「そんなこと全然ないですよー」とあっさり答えてくれたIさんに。若いママさん、とても頼りになります。

« 2021年4月 | トップページ | 2021年6月 »

2021年9月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ