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2020年10月24日 (土)

身の丈に合った(?)贅沢

世の中では、3つ目の「GoToナンチャラ」が始まったようですが、GoToに縁の無い私はサントリー美術館の「日本美術の裏の裏」展へ。

あまり「裏の裏」という感じはしなかったのですが、足もとに蝶々の影が飛ぶライティングや、鑑賞者に問いかけるような説明文のプレートなど、展示方法に色んな工夫が見られて楽しかったです。そして何より、「撮影OK(フラッシュ×、動画×)」というのが太っ腹!

「武蔵野図屏風」 画面の下方に月がある珍しい構図。もう一隻には富士山が描かれています。
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「雛道具」 比較物がないとミニチュアにはとても見えないでしょう。非常に精巧に作られています。
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「新蔵人物語」 “素人が書いた”との説明文ですが、位の高い女子が作者でしょうか。絵も書も美しい。
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「鼠草子絵巻」 主人公ならぬ主鼠公の権頭が乗る馬も鼠っぽい。
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「かるかや」 笑っちゃうほど“ヘタウマ”な絵ですが、ストーリーはとても哀しい。
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谷文晁の「楼閣山水図」 ついつい顔を近づけてまじまじと見てしまうけど、少し離れて見ると、風景と空間を感じます。
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そして、美術館を出て、同じビルに入っている虎屋にうっかり寄ってしまい、うっかり上生菓子を買ってしまいました。ピエール・エルメとのコラボ商品もあって迷いましたが、ここはオーソドックスに、栗子餅(きんとん)と千代の菊(こなし)。
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誰とも会わないけど江戸小紋で出かけて、誰もいないけど自宅用に虎屋の上生菓子。GoToに無縁な身としては、コロナ禍での精一杯の贅沢です。

今日の「ありがとう」は、秋晴れに!

2020年10月19日 (月)

天下人にあやかって

東京国立博物館「桃山—天下人の100年」展に行ってきました。

入場料2400円。高い!普段なら1800円くらいなのに。それだけスゴイものが揃えてあるってこと?あるいは、入場制限で来館者が少ない分を考慮して高く設定したってこと?

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いずれにせよ、桃山時代の華やかな作品が揃えられているようなので、天下人にあやかって、ぱあーっと気分を晴らしてこよう、と出かけてきました。

夜間の時間帯であることに加え、雨のために当日チケットを購入した人が少なかったようで、とっても空いている!

ほとんどの屏風や襖絵を、独り占め状態で鑑賞することができました。

大きいサイズの展示品が多く、しかも襖絵は「襖」のかたちで展示されていて(最近、こうした工夫がよく見られる)、作品ひとつひとつ、満喫できました。

コロナ対策として、検温、手指消毒、マスク着用、そして90分以内の鑑賞が「お客様へのお願い」として決められていますが、ごめんなさい、あまりに見応えありすぎて、しかもゆったり鑑賞できるため、2時間かけてしまいました。

でも、まったく「密」ではなかったので、おそらく問題ないでしょう。

帰宅してネットで調べてみたら、やはり2400円という高額は、入場者減少と人件費増加を受けての措置とのこと。でも、これなら2400円でも全然高くない。なっとくのお値段です。

鑑賞時間は夜間(金・土)がお勧め。

今日の「ありがとう」は、400年以上前の天下人に。

2020年10月 3日 (土)

懐かしの麻紀嬢

しつこく暑かった夏がとうとう終わり、いつのまにか2020年も4分の3が終了。

急に朝の冷え込みが激しくなって、もう冬?と慌てましたが、10月1日の中秋の名月、10月2日の満月を無事に拝むことができ、この週末は秋を満喫です。

ひさしぶりの読書は「緋の河」桜木紫乃著。

子供の頃から女言葉をしゃべり、女の子のかっこうをするのが好きな男の子が主人公。「男でも女でもない、私は私になる」と自分の人生を貫くため、ゲイボーイになるべくゲイバーで修行。

今のご時世なら、「性同一性障害」なのかもしれないが、この時代にはそういう概念も言葉も無い。女性的要素の多い男性はひとくくりに「オカマ」などと呼ばれていた。小説内では「私はオカマじゃないわ、ゲイボーイよ」というセリフが出てくるけど、「オカマ」と「ゲイボーイ」がどう違うか(言われる側にとってどれくらい許容できる/できない範囲なのか)私にはちょっとピンとこない。

いずれにしろ、この時代では、オカマであろうがゲイボーイであろうが、性同一性障害であろうが、社会に認められず、「異質」に分類されていた。

そういう社会背景のためか、主人公は、現代のように「私たちにも平等に人権を認めろ」ということはまったく言わず(考えもせず?)、「私は私よ。この世にはないものになるわ」と言う。それは、「フリーク」であることをむしろ誇りとして、スポットライトを浴びながら生きる道を見出そうとしているように見える。

終盤で、「あれ?この人、もしかして、カルーセル麻紀がモデル?」と思って検索したら、やはりそうだった。

カルーセル麻紀。今の若い人たちは知らないかもしれないが、私の世代では子供の頃、けっこうテレビで見かけていた。男だと分かっても、気持ち悪いという感覚はなかった。テレビが「よその世界」でしかなかった子供にとっては、カルーセル麻紀は「あるタイプの芸能人」という認識だった。

しかし、あの時代に、「体が男、心が女」である人はどんなに辛い思いをしたことか。といっても、「体が女、心も女」である、主人公の母親や姉も、女であるがゆえに辛い生活を強いられる。母親や姉にとって、主人公は「異質」で戸惑う存在であると同時に、女の枠から飛び出すという、一縷の希望を賭ける存在でもあったように思える。

「緋の河」、希望の光を感じる作品でした。

今日の「ありがとう」は、早朝の満月に。

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