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2019年2月 6日 (水)

終わりと始まりは同じ

今回の本は「起終点駅(ターミナル)」(桜木紫乃著)。表題作を含め6話の短編集です。

はいつくばって生きている人たちの話。外から見ただけでは、華やかに、またはしなやかに、あるいはいい加減に、流されるままに生きているように見えるかも知れないけど、それぞれ過去を引きずりながら、あるいは振り払おうとしながら生きていく。どの作品も、読後感は少々“辛い”。それでもみんな、生きることを続ける、どれも胸にグッとくる作品です。

「たたかいにやぶれて咲けよ」は、私にとってあまりに映画「デュラス 愛の最終章」とかぶってしまい、ほんの少し冷めてしまう瞬間もあり。でも、(デュラス原作の映画『ラマン』について)主人公の「俳優がレオン・カーフェイだということは覚えているが…」の言葉には「そうそうそう!私もレオン・カーフェイが好きで見に行ったのよ!」と若かりし頃を思い出した。

「起終点駅」は映画化されたので、ずっと長編だとばかり思い込んでいた。映画は未見だけど、この短い作品をどうやって映画にしたのか、見てみたい。ちなみに、私にとって主人公のイメージは、(実際に映画で主演した)佐藤浩市よりは、どちらかといえば中井貴一。

一番印象に残ったのは「潮風(かぜ)の家」。主人公が30年ぶりに訪ねた、亡き母の友人、たみ子の人生は、まるで別の時代の別の場所に引きずり込まれるような目眩を呼ぶ。読み終わった後は、哀しさと苦しさに少しだけ「安堵」が混じる。

今日の「ありがとう」は、てきぱきと動きが機敏な、スーパーのシルバー人材おじさんに。

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コメント

人様の重い人生を疑似体験でしょう。たとえ物語の中であってもです。受け手の思いと重なったときに、光るのもが多いはずです。お勉強なさってますね。

>kazuyoo60さん

まさに、読み終わった後、「小説を読むことは、自分以外の人生を疑似体験することだな」と思ったところでした。

もっと若い頃からたくさん”勉強”しておけば良かったです

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