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2015年5月27日 (水)

あちらとこちらの見方

五月といえば團菊祭。昼の部は1等席で、夜の部は3等席で観劇しました。

昼の部は、菊之助丈が主役の玉手御前を務める「摂州合邦辻(せっしゅうがっぽうがつじ)」と、準主役(という認識でいいのかな)の天一坊を務める「天一坊大岡政談(てんいちぼうおおおかせいだん)」。ちなみに大岡越前を演じるのは菊五郎丈。

夜の部は、松緑丈が立ち回りで頑張る「丸橋忠弥(まるばしちゅうや)」、海老蔵丈が復活させた歌舞伎十八番の1つ「蛇柳(じゃやなぎ)」、祭に相応しい「め組の喧嘩」。め組の親分、辰五郎はもちろん菊五郎丈。

てな具合に、團菊祭というより菊菊祭といった様相。団十郎丈がいないので、「団」と「菊」のバランスをとるのはなかなか難しい。海老さんは昼の部で天一坊にちょろっと出て、夜の部で蛇柳だけ演じておしまい。

私は「菊」ファンなので、これで十分楽しめたけど、「団」(成田屋)ファンはどうなんだろう?と、成田屋びいきの團菊祭観劇ブログをちょこっと検索。

海老さんが「不当に」出番が少ないって思っている人がちらほら。まー確かにファンにはそう思えるだろうな〜。

さらに海老さんファンらしきブログを読み進めていくと、「菊之助は博多人形のような顔をして表情が乏しく味気ない」と。「所詮博多人形なので、立役(天一坊)をやっても物足りない」と。

菊之助=博多人形という着眼点は菊ファンの私も同意見ですが、それに続く展開が、まったく違う!同じ地点からスタートしても、立場が違うとこんなにもかけ離れたコースになるのかと、驚きの発見でした。

もちろん、菊ファンの私から見ても、玉手も天一坊もこれが完成形ではなく、まだまだ勉強する余地は十分有りそう。菊ちゃんはこれからもどんどん進化しますよ。どんなゴールになるか楽しみです。

ちなみに夜の部は、丸橋忠弥もめ組も、上(3階)から見たら、立ち回りの形式美や、屋根の上での工夫(=苦労)などが見えて、かなり楽しめました。たまには3階席もいいですね。すんごく狭いけど。

週末の「ありがとう」はチケットをとってくださったK子さんと、久しぶりに感想を語り合ったCさんに

2015年5月23日 (土)

セミDEEPな浅草散策

ピーカン!暑い!でも湿度が高くないので、この晴天が嬉しい!

ということで、友人M・Kと浅草散策をしてきました。

ものすごい混みよう(^^;

普段の観光客、プラス修学旅行、プラス外国人観光客。ここは京都か!?というくらいの混雑でした。それでも今日はましな方だそうです。

S__12910597 で、生まれて初めての人力車体験!そこそこ質量のある妙齢の女性3人を載せて、お話の上手な車夫のお兄さんが30分強、浅草の一部を案内してくれました。私たちを「おばさん」ではなく「お姉さん」と呼ぶC郎クン、おぬし、なかなかデキるな。

人力車を降りて六区あたりをブラブラ。通りの両側は午前中から「一寸一杯」モードで、生ビール&つまみでまったりしている客がちらほら。それを見つつ、「お昼ご飯にビールを飲んでしまうかも」とつぶやくと、Mは「いいよいいよ、ここじゃ全然罪悪感ないよ」と。

そんなわけで、お昼ご飯は車夫・C郎クンお勧めのお店でちょっと贅沢な天ぷら&瓶ビール(瓶ってところがミソね)でした。

S__12910611 たくさん食べたのでしばらく歩き回ってから、観光センターの最上階に上がって展望スペースから仲見世を俯瞰。ぎょーーってくらい混んでいました。最初にこの景色を見ていたら、仲見世通りを歩く気にはならなかったかも。

事前の見込みでは、お昼ご飯いらないくらいに甘味を食べてしまうであろうと思っていたけど、以外にも甘味は最後のお茶タイムのときだけでした。もちろん、お持ち帰りに栗羊羹、どらやき、最中など買いましたけどね。Kは芋羊羹とすあまも購入してました。

今日の「ありがとう」は一緒に浅草散策をしたMとKに。あー、ほんとに楽しかったなー。

P5230186 帰宅してから郵便局に用事があったので自転車を走らせ、途中のマル○ツでずっと探していたこれを発見!ようやくゲットーーー!栗羊羹、どらやき、最中とコレをどういうタイミングで食べるか思案中。

2015年5月20日 (水)

この先5年間の不安

2020年の東京オリンピックに、新国立競技場の屋根の建設が間に合わないそうです。はあ?中国かブラジルの話ですか?と思いましたよ。

あと5年もあるのに間に合わないって、主にコストの問題なのでしょうか。

当初の計画から、ボロボロと変更が発表されて、なんだか、情けないというか、恥ずかしいというか。

オリンピック誘致したさに、都合のいい企画をプレゼンしてたのかと、我が国(我が東京)ながら、憤りが・・・。

「屋根はなくても問題はない」ってしれっと言ってるけど、問題あるでしょ。競技に影響がないとしても、屋根がある競技場のプランを提出して、それでプレゼンを勝ち取ったんだから、屋根作るのが筋ってものではないでしょうか。

まだまだ他にもあるんじゃないの?「やっぱりできません」っていうプランが。

ああ、なんだか不安です。不安のあまり、ぐちっぽくつぶやいてみました。

今日の「ありがとう」は、不安を忘れるくらい、楽しい時間を共有してくれたK夫妻&Y江に。

2015年5月 1日 (金)

必ず来る「明日」は期待の「明日」か

3週間近く、ブログを更新していませんでした。

決して体調を崩していたとか、仕事で忙しかったとかいうことではなく、もともと怪しい動きを見せていたパソコンが絶不調に陥ったためです。

今でも不調は続いていますが、なんとかだましだまし使っています。“だまし”がいつまで通用するか分からないけど、ゆうべ夢を見たので久しぶりのブログ更新。

前にも書きましたが、私は毎晩夢を見ます。しかも複数。昨夜の夢のひとつは、地震の夢でした。場所はとある広いオフィスのような一室。

ガクンといきなり縦に揺れ、軽く横にゆらりゆらり。一緒に居合わせ一人が「この部屋、(階が)高いから揺れるんですよね」と言ったので、ビルの高いところにいることを認識。今度はゆっくり大きい横揺れ。ゆらーりゆらーり揺れると、ぐわぁーーーーーっと床が傾いて、ソファが自分を襲ってくる。

ソファをよけようと身構えながら、「もしかしたら、ここで死ぬんだ」と考える。「まさか今日死ぬことになるとは」と。

なぜ今まで、当然のように「明日」が来ると思っていたのだろう。しかもその「明日」は、決して希望に満ちた「明日」ではなく、単に毎日繰り返される「明日」。だけど、ちゃんと予定は入れている。期待していない「明日」なのに、当然来ると思っていた。「明日」が来ることを疑わなかった。

 と、思っているうちに、場面転換。夢は違うシチュエーションに移っていました。

夢の中では、「明日」をもっと特別なものとして設定しようと心に決めたけど、目が覚めて日常に戻ると、結局「明日」はいつもの繰り返しです。

期待しなくても「明日」が来るのはとても幸せなことなんだなと、(夢で)実感しました。

今日の「ありがとう」は、2回も出くわしてしまったTさんに。近所に出かけるときでも緊張感を持たないとね。

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