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2014年1月28日 (火)

魚が森に行く理由は

角田光代の「森に眠る魚」という本を読みました。

どういう内容の作品かはよく確認せず、「森」「魚」というキーワードと、作者が角田光代ってことで図書館で借りてきました。

そしたら、ママ友の話でした。主要登場人物はみな、ダンナがいて、子どもがいて、現在専業主婦、という同条件なので、なかなか区別ができず(シングルマザーとかバツ2とか、そのくらいの違いがないと判別できないワタシ)何度も何度も導入部分に戻って、誰がどれだか確認しながらゆるゆると読み進めた次第。

小学校お受験が一つのテーマになっていて、あまりピンとこない世界なので、さして熱中することなく読んでいたら、   いつのまにか    とっても    怖い世界に入り込んでいました。

1999年に起きた、お受験殺人事件がベースになっているそうです。

子どもの小学校お受験なんて無縁な世界のなので、特に感情移入することもなく読んでいたけど、まー怖かったな−。

ずるずると、読者を怖ろしい世界に引きずり込む、角田光代の手法に感心しました。

といっても、個人的にはあまりお勧めしません。最終的にもうちょっと「救い」が欲しかったという思いもあります。救いが無いなら、むしろ「告白」(湊かなえ)くらい、とことん救いゼロの方が読み応えあったかと。

それにしても、なぜ「魚」なのか。本来住むはずの水を離れ、森に眠り、命途絶えた魚は、いずれじわじわと異臭を放つ。そういう意味を含んでいるのではないかと勝手に想像します。

あまりお勧めする気にならないのは、私の愛する魚が、そんな象徴にされているのが不本意であるゆえかもしれません。

今日の「ありがとう」は、ちょっと暖かい陽気に。でも明日はまた寒いらしいです。

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コメント

私は読んでいないので書評とは全く離れますが、「何度も何度も導入部分に戻って、誰がどれだか確認しながらゆるゆると」に、私だけじゃなかったんだと、とても共感を覚えました。

私が小説や映画(特に洋物)に接する折がそうです。登場人物の区別が中々つかずいつも苦慮します。洋画を観る時も同様です。

彼女のものは、唯一『八日目の蝉』をDVDで観ました。これと同じくタイトルに込められた意味は示唆的ですね。suzieさんならではの着眼、発想に感心しました。

綺麗な色彩で、生きて泳いでるお魚たちをでしょう。
切り身を想像する方、そしてこの本のような想定もなのですね。
どろどろとした社会、世界が存在していても、やっぱり透明で、誰はばかることなく、綺麗な世界が良いと思います。

>omotannさん

洋物は特に登場人物の区別が難しいですね。
映画の場合、あまり知らない俳優が演じていると、違う人物なのに同じ人に見えてしまうこともしばしばです。

>kazuyoo60さん

透明できれいなのが一番ですね。
でも、哀しいかな人間の心はなかなかそうはいかない。
そういえば、水清ければ魚棲まずって言葉もありますね。

角田光代の作品は「ツリーハウス」が読後感がよかったが、「八日目の蝉」は読んだあとちょっと考えさせられました。
SUZIEさんの文中にある「告白」は救いようのない寒々としたものを感じました。
私は海外小説を読むときには登場人物名をメモしておきます。

> 時の塒さん

「告白」は、あそこまで救いのない話を書ききった小説家魂がすごいと思います。

外国の小説の文庫には、たまに表紙の折り返しに登場人物がまとめて書いてありますね。
ちなみに「カラマーゾフ」の文庫には登場人物を書いた栞が付いてました。

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