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2012年2月10日 (金)

かわいくてやがて悲しきアサリかな

Dscf5272 アサリのワイン蒸しを作りました。別に珍しくないのですが、ちょっとした思い入れのある一品になってしまったのでブログにアップしました。

昔ながらの魚屋、神田屋で買ったアサリ。家に持ち帰って塩水に浸け、暗いところにおいておくと・・・、全然口を開ける様子がない。そのまま一晩おいて、朝起きてから見てみると、全然水を吐いた様子がない。も、もしかして死んじゃったのかな。塩の割合、まちがえちゃったかな。不安になりながらも、そのままにしてしばらくすると、一匹動き出した。すると、また一匹、一匹と水管を出して、外套膜も出して、活動し始めた。

夜寒かったから活動しなかったのかしら?ともかく、あのうんともすんとも言わなかった様子とは大違いで、思いっきり“のびのびした”姿で勢いよく砂吐きするアサリたち。なんだかかわいいぞ。よかった、生きてて。でも、生きていたことに安心しておきながら、食べちゃうのよね・・・。

いざ調理するときはちょっとした葛藤でした。アサツキかパセリをちらして綺麗に仕上げてあげたかったけど、どちらもなかったので、ごめん、長ネギで代用しちゃいました。

今日の「ありがとう」は生きててくれたアサリたちに。うううっ(涙)

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コメント

芭蕉の秀句を彷彿させるようなシーンですね。
アサリのこんな健気な姿を見てしまうと、単なる“食材”の概念を離れて、調理の手が鈍り「葛藤する気持ち」がよく分かります。ついには食物連鎖のことまで思いをいたしました。

倅たちが幼少の頃、せがまれてアイガモをペットとして飼っていました。“子の心親知らず”で、小生は密かにいずれの日にか鴨鍋にすることを夢みて・・・・。
ところが飼っているうちに情がうつり、結局、鍋は敢行できずじまいでした。
この話、ブログネタに頂きま~す。

早春のアサリ実がたっぷり詰まっていて、美味しかったでしょう。
命だと、食べる時は考えるのを停止しないとです。

>omotannさん

お気づきの通り、芭蕉の句をちょっと拝借しました。
貝でさえ葛藤してしまうのですから、アイガモは情が移ってしまったらもう“手をかける”ことはできませんね。

と、これ↑を書いてからomotannさんのブログを拝見しました。私が思っていた以上に、ドラマのある人生(鳥生?)だったのですね。

>kazuyoo60さん

ぷっくり柔らかい実のおいしいアサリでした。
思い切って調理した後は、迷うこと無くおいしさを堪能しました。

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