2019年12月 1日 (日)

善行は生きているうちに

都内もそこここで紅葉が見頃を迎え、天気もとてもよいので、比較的近場の九品仏(浄真寺)を尋ねました。

グラデーションが美しい。
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こちらはツートーンカラー。
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やはり紅が入ると映える。
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けっこう人が多くて、スマホだけじゃなく、コンデジを掲げる人、デジ一(デジタル一眼レフ)を構える人、写生をしている人など、みんな確実に紅葉目当て。

近くに居た年配の女性2人組が「あんまりきれいじゃないわね」と驚きの発言。ええ?こんなにきれいなのに?と思いましたが、どうやら、昨年はこの何倍もきれいだったらしい。他にも「去年はもっとすごかったのよ」なんて連れの人に言っている方もいました。

おそらく、この時期に、毎年ここを訪れている人、昨年の紅葉を見て今年再訪した人、昨年の紅葉をSNSなどで知って今年初めて来た人、で、だいぶ混み合ったのでしょう。

私はものすごくきれいであったであろう昨年の画像を見ていなかったので、“素直に”感動できました。

九品仏は、「ぶ○ちゃけ寺」というテレビ番組でも紹介されたことがあります。九体の阿弥陀様が安置され、「上品堂(じょうぼんどう)」「中品堂(ちゅうぼんどう)」「下品堂(げぼんどう)」に三体ずつ「上生(じょうしょう)」「中生(ちゅうしょう)」「下生(げしょう)」と、九つの階級になっています。一番上が「上品上生」で、一番下が「下品下生」。上品上生は臨終後すぐに極楽浄土に行けますが、下品下生は極楽浄土にたどり付くまで十二大劫かかるそうです。

お堂に置いてあるチラシには、十二大劫は「きわめて長い時間の単位」と説明がありますが、「大劫(だいこう)」を調べると、「宇宙の生滅の1サイクル」と書かれています。つまり十二大劫は宇宙の生滅の12サイクル分。

もうこれは、「永久」といっても良いのではないでしょうか。

今日の「ありがとう」は、晴れ渡った空と去年ほどではない紅葉、そして九体の阿弥陀様に。生きていあいだに徳を積まねば。

2019年11月23日 (土)

ずぶ濡れでも清々しく

行ってまいりました、大嘗宮一般見学。

今日は、もともとは家にこもって習字の課題などをするつもりだったのですが、昨夜のニュースで大嘗宮一般見学のことを報じていたのを見て、よし、行こう!と決意。

しかし、朝起きてみると、雨と寒さでだいぶ決意が揺らぎました、が、意を決して家を出ました。

電車に乗るときに、ゴミを出すのを忘れたことに気づいて、ガックリ。皇居に向かう途中、交差点で信号待ちしていて、どでかいトラックが撥ねた水を思いっきり浴びてしまい、グッタリ。

坂下門の手前に辿り着いたのは8時ちょっと前。もうだいぶ人が集まっていたけど、正確に何百人いたのはかは不明。しっかり降る雨と、時折強く吹く風のせいで、みんな腰から下はけっこう濡れていました。トラックの水を浴びても浴びなくても、どうやら結果は同じだった模様。

開門時間の9時に近づいたところで列が動き出し、セキュリティチェックを受けて、9時ちょうどに坂下門をくぐりました。

いざ、開門!
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ちらっとだけ見えた宮殿。
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宮内庁!
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十月桜が咲いていました。
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中之門。広い!
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いよいよです!
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あとは写真で。

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大嘗宮はとても簡素で、驚くほど簡素で、“無邪気”という言葉が頭に浮かびました。

見終わった頃には、ずぶ濡れのズボンが2倍くらいの重さになり、ずり落ちてしまうかと思いました。水が溜まった靴をガポガポ音を立てながらとにかく帰宅し、時間を見ると10時45分。そして、ラッキーなことにまだゴミ収集車は廻ってきていませんでした。

はー、疲れた。でも、なんでしょう、この安堵感は。神々しいものを見たからでしょうか。

今日の「ありがとう」は、大嘗宮とそれを取り巻く清々しい空気に。令和が、平和で清い世でありますように。

2019年11月17日 (日)

ミラクルな60年

大切な幼なじみの大切な旦那さんが今年還暦を迎えたので、お祝いランチを開催しました。

築地のお寿司屋さんで、普段は食べない白子やあん肝をつまみ、中トロ、鯛、アジ、さより、サバ、コハダ、カニ、アワビ、赤貝等の刺身を堪能し、赤身、ウニ、イクラ、エビなどの握りセットをたらふく。

その後、門前仲町に移動して、人生初の角打ち。最初は不慣れな注文システムにおどおどしましたが、いろいろなお酒の瓶が並んだ棚に囲まれて、とても面白い雰囲気。

無事に60年間生きてこられたというのは、たいへんな幸運であり、奇跡だと思う。これからも、その幸運と奇跡がTさんと幼なじみ夫妻を守ってくれますように。

60歳といっても、概して今どきの60歳は昔よりずっと元気だし、特に今回主役のTさんは同年代の男性に比べても若々しくて、還暦には見えないのですが。

僭越ながら、お祝いに書を進呈しました。人に自分の書いた字をあげるのは初めてです。

「麟鳳亀龍」。世の中が平和に治まっていると麒麟・鳳凰・亀・龍が現れるとされているそうです。また、非常に優れた人物であるとの意味も。
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今日の「ありがとう」は幼なじみとTさん夫妻、そして一緒にお祝いしたY子さんに。

2019年11月11日 (月)

それぞれの3兆円

本日11月11日は、中国では「独身の日」です。中国のネット販売大手Alibabaが、毎年この日に大規模セールを開催します。今年は、午前0時のセール開始から約1時間で売上が840億元(約1兆3000億円)に。午後4時半時点で、昨年の1日の取扱高2135億元(約3兆3000億円)を突破し、記録を更新したそうです。最終的には2200億元(約3兆4000億円)以上は行くんじゃないかとの予測も。(日経新聞BBCNewsweek

もう訳の分からない数字ですね。一方、日本のネット大手、楽天の2018年の総ネット取扱高が約3兆4000億円です。中国ってすごいわ〜。何がスゴイって、数のパワーがすごい、数のパワー が!

ちなみに、2020年東京オリンピック・パラリンピックの開催費用は3兆円を超えるのではないかと指摘されていますね。1日で3兆数千億円のAlibabaには届きませんが、30日間(オリ17日間+パラ13日間)で3兆円の東京五輪も相当なものですよ。

さて、そんな巨大な数字に縁の無い私は、11月11日を「ポッキーの日」で過ごしました。

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極細ポッキー、気に入ってます。

今日の「ありがとう」は、某郵便局の窓口の方に。とても感じの良い対応で、なんだか心穏やかになりました。

2019年11月 2日 (土)

Skrik

きょえ〜〜〜〜!

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診察料1万3830円!

支払い機の前で(心の中で)叫びました。

やっぱりCT代が高かったんだろうな。来月はMRI撮るから同じくらいかかるんだろうか。

は〜〜〜、馬鹿にされるくらい健康な私が、万単位の医療費を払うことになるなんて。

治療で治る前に、心が病みそうです。

ちなみに「Skrik」は、ノルウェー語で「叫び」です。ノルウェーの画家、ムンクの有名な作品のタイトルですね。

今日の「ありがとう」は、声をかけてくれたH夫妻に。

2019年11月 1日 (金)

首里城 焼失

なんと悲しいこと。首里城の主要な建物がほぼ全焼してしまいました。

首里城を訪れたのはわずか2回ほどで、おそらく20年ほど前に行ったのが最後ですが、日本でありながら異国情緒漂う建築物はとても印象的でした。

それが、たとえ映画(フィクション)でもあれほど悲劇的には撮れないだろうと思うほど、燃えさかる炎の中に骨組みだけが見える姿には、胸が締め付けられるようでした。私でさえこんなにも辛いのだから、沖縄の人々はどれほど心を痛めているだろうか。

鎮火後に撮られた航空写真も、あああ、涙が出てくる。

いったい、何が原因だったのか。それが分かったところで首里城は元に戻らないのですが、しっかり調べて、今後の対策に役立ててほしい。そしてできるだけ早く、お城も人々の心も回復できますように。

なお、支援金については、那覇市のWebサイトに詳細が掲載されています。

2019年10月22日 (火)

今日だからこそ、正倉院展

天皇陛下ご即位の本日、東京国立博物館の「正倉院の世界」展に行ってきました。

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今日はさまざまな施設が入場無料となり、東京国立博物館も常設展は無料でしたが、特別展は従来どおり。せっかく無料だから、今日は常設展だけタダで見て、特別展はもう少し空いていそうな時間帯に来ようかなとも考えたのですが、いや、今日だからこそ、皇室の宝であり、日本の宝である正倉院宝物を見なければ、と思いなおして、大雨が降る中出かけました。

チケット買うまで30分以上、展示会場に入るまで30分以上、雨の中を待ちました。たぶん、一番天候が悪い時間帯に外にいたと思う。入場してみると、さすがに混んではいましたが、なんとかほぼすべての展示品を見ることができました。

特に目当ての「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」と「黄熟香(おうじゅくこう)」は、じーっくり鑑賞しましたよ。ため息が出るような装飾を施した琵琶と、「蘭奢待(らんじゃたい)」として有名な名香木。

本来なら皇室のやんごとなき方々しか目にすることのできない素晴らしい文化財を、下々の自分がわずか1700円でこうして見られるなんて。未来に希望を持ちにくい現在にありながら、この時代に生まれて良かったと思える瞬間です。

ちなみに、特別展のチケットを買うと、当日常設展も鑑賞できます。

いつも特別展を見るとへとへとになって常設展を回る気力はないのですが、今日は頑張って常設展も3分の1ほど回りました。常設展も、見応えあります。

帰宅して、テレビで即位礼正殿の儀の中継を視聴しました。ラグビーW杯の試合よりも集中して見ましたよ。センチュリーロイヤル、でかい!

今日は、天皇ご即位を祝いつつ、日本と世界の平和をあらためて願います。

2019年10月19日 (土)

はるばると、足らざるを知る

また行ってきました。牛久。はるばる、片道2時間かけて。

口切りの茶事(茶道でたいへん重要な行事の1つ)の稽古をしましょうとお誘いいただいたので、参加してきました。

重要なお役目は他の方が担当してくださったので、私は、まあはっきり言って、一番ラクチン(素人)な立場。

みなさんの知識や経験、お気遣いや動作に、とにかく感心・感服しました。

お茶を始めて12年ほどたちますが、まだまだ学ばなければならいことがたくさん。う〜む、己の足らざるを知る。とても良い機会をいただきました。

もっと色々と書きたいけれど、ちょっと疲れているので、このへんで。

今日の「ありがとう」は、誘ってくださったOさんとそのお弟子さんたち、一緒に参加したHさん、Mさんに。

2019年10月 9日 (水)

じっくりと淡々と静かに

「土の記」(高村薫著)。どういう内容かチェックせず、久しぶりに高村薫を読んでみようと、事前情報無しで手に取りました。

高村薫の作品では、合田雄一郎が登場する推理ものが好きなのですが、読み進めていくと、どうやらこれは合田シリーズではなさそう。

事故により16年間植物状態だった妻を亡くしたばかりの男の生活が、じっくりと淡々と語られていく。ストーリーがどういう方向に進むのか分からないまま、じっくりと淡々と細かく書き込まれた文章を読み進めるのは、私にはちょっと辛い。

「晴子情歌」も上巻はかなり辛かった。それでも、下巻になると、それまでまとまりのつかなかった数々のエピソードがだんだんとひとかたまりになって大団円へと向かっていく印象だった。

そんな感じかな、と思いながら、上巻を終え、下巻に移行。下巻もやはり、じっくりと淡々と、細かく、静かに・・・。

そんな中でも、事故に対する疑念、妻との過去の心弾む思い出やわずかな亀裂、若い頃の娘の反抗、現代っ子の孫の滞在、娘の再婚、脳溢血、そして遠くの地(小説の舞台は奈良県)での東日本大震災と、大小さまざまな動揺が寄せては引き、寄せては引き・・・。

晴子情歌のような大団円もなく、静かに進み、静かに終わる小説だった。

と思いながら、他の読者の感想などをネットで読んでいたら、「まさかの終わり方」「結末があまりにも予想外」などの言葉が。私は何か読み落としていたのかもしれない、と、図書館に行って最後を読み直した。

なるほど。意外と言えば意外かもしれない。でも、読み落としていたわけではなかった。つまり、私にとっては意外ではなかった。

しかし、読み進めるのが辛い小説だったな。だいぶ“飛ばしながら”読んでしまった。

それにしても、米作りの描写の細かさには驚いた。米作りはこんなにも科学的だったのか。台風が接近して空模様が怪しくなってから、あわててトラクターを引っ張り出すテレビドラマの演出が(放映当時はけっこう感動しながら見ていたけど)とても薄っぺらい印象に変わってしまった。

次に高村薫作品を読む時は、やっぱり合田シリーズにしよう。

今日の「ありがとう」は、心地よい秋晴れに。しかし大型で猛烈な台風が接近中。大きな被害がないことを祈ります。

 

2019年9月19日 (木)

語らぬ心の嵐

ちょっとサボリ気味の読書、先日1つ読み終わりました。「偽日記」村松友視著。「自伝」といっていいのかな。

著者がこの世に誕生する前に、父親が亡くなったため、祖父母の養子となって育てられる。そんな背景と、祖父が有名な作家であることから、ちょっと変わった幼年・少年・青年時代を送る。戦中・戦後の様子も、一般的な庶民の様子と共通するところもあり、しないところもあり。そんなことが作用してか、戦後の生活が苦しいような部分も、それほど暗くならずに読み進められる。

著者の目を通して、世間や家族の様子が描かれ、話しが進んでいくのだけど、最終的に、この物語の主役は祖母であるような気がする。

当然、著者が祖母の心の内を分かる由もなく、それ以前に、祖母は自分の感情や考えを露わにするタイプではないので、終始、祖母の存在感は比較的あいまいなままなのだけど、最後に、この人の心の中はずっと嵐だったのではないかと思わせる。といっても、最後まで、彼女が本当は何を思い続け、何を抑え続けて生きてきたのかは分からない。彼女の心の中を説明する文章は、ほぼ無い。なぜなら、祖母が著者に心の中を語ることはなかったから。

書かれていない彼女の心の中が気になる。常にざわざわして、時には高波が白い飛沫をあげていた(はずの)心の中が気になる。そんな事を考えながら、読了数日後にじわじわと胸が苦しくなりました。

これは「自伝」というより「自伝的小説」かな。

今日の「ありがとう」は、デパ地下のL紅茶店に。紅茶2品を買ったら、会計のレシートに「当たり」が出て、もう1品もらいました。なんというラッキー!ラッキーすぎて申し訳ない。

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