物騒なタイトルですが、これ、古いメキシコ映画です(監督はフランス人)。決して殺戮が繰り広げられるわけではありません(死者は出ますが)。
上流階級の人々がパーティーに集まって、そろそろ帰ろうと思うのだけどなぜか帰れない。帰りたいけど帰れない。そして帰れないまま何日も経ち・・・というお話。霊の仕業、というホラーでもありません。結局、あることをきっかけに帰れるのだけど、なぜ帰れなくなったのかは最後まで分からないまま(そこがフランスらしい)。
さて、わたくし、1年半ほど前から自宅で仕事をする立場になり、丸一日中、同じ室内で同じ方角を向いて過ごしています。
基本的に、自宅にこもっているのが嫌いな私ですが、必要に迫られて(仕事をするために)ずーっとずーっと閉じこもっているうちに、若干引きこもりモードになってしまいました。
以前は、自室に引きこもる人の気持ちがまったくもって理解できませんでしたが、最近はなんとなく分かるような気がします。
決して「自室にとどまりたい」わけではなく、「引きこもるのがラク」なわけでもない。外出したい気持ちはめいっぱいあるのですが、なぜか出られない。バッグに財布やら何やら入れて、上着を着て、靴も履いて、あとはドアを開けるだけ、というところまで準備するものの、ドアの前に立ったまま10分も15分も過ぎて・・・。
決して外出をはばむほどの恐怖感があるわけでもなく、かといって不安が皆無なのかというと少々の不安はないわけではない。外に出たいけど、出たからって何がどうなる?出ても世界は変わらない、と考えて立ち尽くす。
幸いなことに、引きこもったからといって食事を運んでくれる人がいるわけではなく、予定(友達と会う約束など)を入れれば躊躇無くドアを開けられるので、本物の引きこもりにはなっていません。
引きこもりと皆殺しの天使の間に関連性は無いけど、引きこもり と 私、私 と 皆殺しの天使 の間には関連性がある気がする。
でもそれを追求するのは次の冬までお預け。引きこもりモードは暗くて寒い冬限定なのです。
本日は春の嵐。明日からは本格的な春のはず。今日の「ありがとう」は冬の嵐に!(期待を込めて)
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